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puti-pudding の冷凍庫

過去も未来も現在も。少しだけ人と変わってるかも。

ソープランドで働き始めたきっかけ 第一弾

昨日「その仕事で働き始めたきっかけを知りたいです」というコメントをもらったので書いてみます。

小林麻央さん風に?というアドバイスもらったけど、むむむ、それは難しい!

 

周りを気遣った風にということでしょうかね?

 

働き始めたきっかけは単純と言えば、単純。

 

ここで働く99.999999999999%の人がお金だと思います。

 

それくらい、きつい仕事です。

多くのリスクを抱えなければいけない仕事です。

 

好きでもない男の人に乱暴な扱いを受け、暴言を吐かれることもあれば、がっつかれ、体をなめられ、えっちして…。

優しいお客さんに癒されることも、その分たくさんありますけどね!

 

プは、お客さんのいいところをなるべく探すように、会話の共通点なども探すようにするのが好きです。もともと色んな人と話すのが好き。

 

お客さんと仲良くなっていろんな話をしながら、どうしたら気持ちよくなってくれるかな?どうしたら笑顔で帰ってくれるかな?と考えるのが大好きなので、

 

仕事は好きです。

 

色んな人と出会える、

それがこの仕事のいいところです。

 

政治家もヤクザも、ニートも大学生も、大金持ちも、生活保護もらってる人も来ます。

 

19歳から90歳まで。

 

どんな身分の人も、服を脱いだら偉いもくそもない、

 

ただの男と女です。

 

裸になった時こそ、なんの学歴も職歴もお金も関係ない、その人の人ととなりが出ると思っています。

 

私は18年もこの仕事をしています。私も裸の男の人たちに裸でぶつかってきたし、

人の見た目にもお金にも仕事にも何事にも左右されなくなりました。

 

ヤクザの方がとても優しい人の方が多いし、服装が小汚くても優しくてお金持ってる人もたくさんいる。

逆におしゃれにしてて、かっこよくてケチくさい人もたくさんいるし。

 

それに

女の子がお客さんに何を言われても気にせず、明るく、一生懸命接していると本当に嫌なお客さんっていません。

 

極端に嫌なお客さんがいたら、とにかく最初は耐える!

またはたまには無視する、

ちょっと怒ってはっきり言うとか。どうしたら向こうが折れるか考えます。

 

身の危険が伴うので、痛くてもやめてくれない人や失礼な人にはもうはっきり言うしかないです。

 

ただ、話すのが苦手な女の子もかなりいるので(お客さんの年齢が、20代から90代まで幅広いせいもある)、

 

昼から晩までひっきりなしに1日中何人もの、

気の合わない男の人たちに、「写真と違う」「痛くても我慢しろ」「何回もやりたい」などと言われて、うまくかわせないでやってると、

 

精神的にボロボロになっていく女の子が多いです。特に若い子は断り方とかかわしかたを知らないので…

 

そうすると男性不信になり、

睡眠導入剤精神安定剤などがないと眠れなくなり、何かに依存するようになり、それがエスカレートしていく女の子もたくさんいます。

飲み屋か、ギャンブルか、お酒か、薬か…

 

肉体的にも、もちろんそうなります。

1日中、なめられ触られ、時には乱暴に扱われるので、乳首もあそこも痛くなります。

私はそういう時はキシロという軟膏塗ったりします。

 

また、コンドームをつけないで働いていると、

軽い性病から、取り返しのつかない病気になったり(世間に公表されないけどいるらしい)、

 

誰の子かわからない子供を妊娠したり(←これは私の話。若い時に、実際にピルを飲まずにゴムで仕事してて、妊娠したことがあります。プライベートで一切えっちしてません。)、

 

子供が産めない体になったり(友達がクラミジアに感染したせいでそうなりました)。

 

遊び慣れてるお客さんは「ソープランドは究極の接客業」と言います。

 

要は個室に入ってしまえばなんでもありなのです

 

(ということは、なんでもなし、ということでもある。←たまに服も脱がないでなにもしない女の子がいるから。それは金返せって話ですね笑)。

 

…!

 

てゆーか「働き始めたきっかけ」は?

 

ぶっちゃけ、私のブログの第一回に書いた、男です。

 

私は当時まだ、津田塾大学の三年生でした。

 

英語が好きで勉強するのも好きだったし、留学したかったのです。

 

当時、夢がたくさんあって、とても大きな夢だったんだけど(それは恥ずかしくて言えない)、

 

高校の時の英会話のカナダ人の先生が、どんなに具合が悪くても休まず、私のためだけに来てくれたりして、ずっと私の夢の話をきいてくれたのがとても印象的でした。

 

また、大学2年の時、ネパールの村で1ヶ月ワークキャンプに参加した際に仲良くなったとあるアメリカ人も、とても私の背中を押してくれ、

 

日本人よりも英語圏の人は、私の大きな夢も、否定しないできいてくれるから好き、と単純に好きで

 

(日本人でもいますけどね。塾や高校の先生が色々応援してくれたんですけども)

 

とにかく留学したかったのです。

 

がしかし、

うちの親は、仕事でよくアジアに行く人だったので、

 

「お父さんの目の行き届くところ、知り合いがいる国に行きなさい」という事だった。(今思えばシンガポールでもインドネシアでもどこでも行けばよかったのに)

 

その前に、東京の大学に出てくるだけでも、父親になぜ東京に行きたいか、散々プレゼン資料を作った。塾の先生にも説得してもらい、やっとのことだったのです。

 

留学なんてさらに心配だったのでしょうか。わかりませんが、

 

私はとにかく親から自由になりたかった。

 

そのためにお金が必要だったのです。

 

今思えば、結果、大きな間違いと思うところもありますが、そうしなければ、どうなっていたのかと思うとどこかで同じことになっていたかもしれません。

 

好奇心も今の1億倍強かったので、我慢ができず、思い立ったらすぐ行動してしまうタイプだったし、だれが説得しても、耳を貸さなかったし…

 

それで、最初は六本木の安いキャバクラで働き始めました。

 

留学するために。

 

当時津田塾大学の三年生だったこともあり、

私は見た目がブスだったんですが、

すぐそのお店でナンバー2になれました。

 

見た目重視ではなく、応援してたい!という指名のお客さんが増え、また、よくお酒を飲むので、ナンバー1の女の子にかわいがってもらい、「この子お酒好きなんですよ」と言って場内指名をいれてもらい、

 

その席の半分以上残ってるボトルを一気に飲んでしまうという、やる気満々接客して、毎晩店や電車でぶっ倒れてました。

 

ただ、そこまでいつもグダグダだと、

お客さんは飲んで酔ってる私を見て面白がってくれ飲ませてくれ、

お店側とナンバー1の女の子には好かれたんだけど、

 

他の女の子には「あいつなんでいつもあんなに酒飲んで酔ってるんだよ」といじめにあう羽目になりました。

 

とある女の子にある日「私の彼氏紹介したいんだけど、今日仕事の後ひま?5000円でいいから」

 

↓続く。